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仙台高等裁判所 昭和28年(ネ)346号 判決

控訴人 伊藤源之助

被控訴人 伊藤六三郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人は被控訴人に対し別紙〈省略〉第二、第三目録記載の土地につき昭和六年一月七日仙台法務局原町出張所受付第一八号をもつてなされた同日売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

当審における訴訟費用は本訴、反訴とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し別紙第一目録記載の建物(但し、厩については建坪十坪のうち、被控訴人が現に使用している四坪)を明け渡すべし。被控訴人の反訴請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人が当審において提起した反訴の却下を求め、その理由として、右反訴請求は本訴の目的たる請求又は防禦方法と何等の牽連関係がない、仮りに牽連関係があるとしても当審において新に提起した反訴であるから、控訴人は右反訴の提起に同意しないと述べ右反訴の本案につき「被控訴人の反訴請求を棄却する。訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、当審において反訴を拡張して「控訴人は被控訴人に対し別紙第二、第三目録記載の土地につき、昭和六年一月七日仙台法務局原町出張所受付第一八号をもつてなされた同日付売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。」との判決を求め、控訴人の右反訴に対する本案前の抗弁につき、右請求は当審において独立して提起するものではなく、原審において提起した反訴の請求を拡張するに過ぎない。即ち右請求の目的物である別紙第二、第三目録記載の土地は後記のとおり原審において提起した反訴の目的物である別紙第一目録記載の建物と同日同時に売買されたもので同日、同受付番号をもつて被控訴人から控訴人に所有権移転登記がなされていて、いずれも同じ原因によつてその抹消登記手続を求めるものであるから、右請求は原審において提起した反訴と請求の基礎を同じくし、基礎に変更がないから、原審で提起した反訴請求の拡張として適法であり、控訴人の同意を要しないのであると述べた。

当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人が、

一、別紙第二、第三目録記載の土地につき別紙第一目録記載の建物と同じく、昭和六年一月七日仙台法務局原町出張所受付第一八号をもつて被控訴人から控訴人に対し同日付売買を原因とする所有権移転登記がなされているから、別紙第一目録記載の建物と同じ理由によつて、控訴人に対し右各所有権移転登記の抹消登記手続を求める。

二、別紙第三目録記載の土地の当時の法定の価格は坪当り金二十九銭二厘である。

三、被控訴人は大正十二年成年に達したのであるが、母のしは被控訴人の留守中も日常生活には不自由がなかつたので、被控訴人はのしに対し借財その他不動産に対する処分行為はこれを委任したことがないのである。

四、仮りに控訴人主張のとおり、母のしが一切の家事を主宰し被控訴人所有の財産につき被控訴人を代理して法律行為をする権限があつたとしても、それは権限の定のない代理人であるから保存行為をする権限を有するにすぎず、本件の如き処分行為をする権限はないのである。

五、被控訴人は母のしに対し一度も金借し又は不動産の売買を委任したことはなかつたから、控訴人は母のしが被控訴人を代理する権限があると信ずべき正当の理由があるものということはできない。

と述べ、控訴代理人が、

一、被控訴人の前記の主張事実中、別紙第二、第三目録記載の土地につき被控訴人主張の登記を経由したこと及び被控訴人が大正十二年に成年に達したことは認めるがその余の事実は否認する。

と述べたほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

〈証拠省略〉

理由

まず被控訴人の当審において提起した請求の適否につき案ずるに反訴については民事訴訟法第二百四十条により本訴に関する規定が適用されるから同法第二百三十二条の要件を備える限り反訴を拡張し得べく、又同法第三百七十八条により同法第二百三十二条の規定は控訴審の手続にも準用されるのであるから、控訴審においても又反訴を拡張し得るものと解すべく従つて同法第三百八十二条の規定は控訴審において新たに反訴を提起する場合にのみ適用があり控訴審において反訴を拡張する場合には適用がなく、相手方の同意を要しないものと解すべきである。いま本件についてみるに、被控訴人が当審で提起した請求は独立な反訴として提起するものでなく、原審において提起した反訴の請求の拡張として請求するものであるから、右請求の提起については控訴人の同意を要しない。よつて右請求が反訴の拡張として適法であるか否かの点につき検討するに、被控訴人が原審で提起した反訴請求は別紙第一目録記載の建物は被控訴人の所有であるところ、控訴人のため昭和五年七月十二日仙台法務局原町出張所受付第二一〇三号をもつて債権者控訴人、債権額七百円、利率年一割二分、弁済期同年十二月二十日、設定日同年六月十八日という抵当権設定登記が為され、更に昭和六年一月七日同出張所受付第一八号をもつて、同日売買を原因とする所有権移転登記がなされているが、被控訴人は控訴人に対し右土地につき抵当権を設定し、又これを売り渡したことがないことを理由として控訴人に対し、右各登記の抹消登記手続を求めるものであるところ、当審において提起した請求は、別紙第二、第三目録記載の各土地は被控訴人の所有であるが、別紙第一目録記載の建物と同時に一個の売買契約で売買され昭和六年一月七日仙台法務局受付第一八号をもつて、同日売買を原因として控訴人に対し所有権移転登記がなされているけれども、被控訴人は控訴人に対し右各土地も売り渡したことがないので、右各登記の抹消登記手続を求めるというのであるから、別紙第二、第三目録記載の土地に関する請求は、被控訴人の別紙第一目録に関する請求のうち、所有権移転登記の抹消登記手続を求める請求とは、結局請求の基礎に変更を来すものではないから、右請求は反訴の拡張として許さるべきである。控訴人の異議は理由がない。

よつて本案につき案ずるに、別紙第一乃至第三目録記載の土地、建物につき、それぞれ被控訴人主張のような抵当権設定登記及び所有権移転登記の存することは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証、第四号証第十八号証、乙第一、二号証、第三号証の一、二、第四号証、第十二号証、第十七乃至第十九号証、当審証人菊地貞之助の証言により成立を認める乙第十四号証、原審における被控訴人本人尋問の結果により成立を認める乙第六号証と原審証人堀越勘之亟、阿部長松、伊藤まつい、菊田栄治、当審証人兵藤久之亟、村山市治郎、菊地貞之肋、佐藤利、鈴木{胞衣}吉、伊藤忠六、原審及び当審証人伊藤清三郎の各証言並びに原審及び当審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果(当審はいずれも第一、二回)を綜合すると、被控訴人は、明治三十六年三月十八日生であるが大正十年六月二十三日父清六の死亡により家督相続をなし、別紙第一乃至第三目録記載の土地、建物の所有権を承継取得したこと、被控訴人はその当時より鉄道に奉職していたが昭和五年四月頃罷め、間もなく母のしを残して新潟方面に出稼し、その後更に長野、東京等に移り、昭和二十二年引揚げて母のしの居住する別紙第一目録記載の建物に居住するに至つたのであるが、その間毎月母のしに送金し、その生活に不自由をかけたことはなく、又時々帰宅して家事を処理し、被控訴人が成年に達した後は母のしに対し家事の処理その他の代理を委任したことのなかつたこと、被控訴人の母のしは、その兄鈴木伊三郎の借財を整理するため、被控訴人の代理人として昭和五年六月十八日控訴人から金七百円を利息年一割二分、弁済期同年十二月二十日の約定で借り受けその担保として被控訴人所有の別紙第一、第二目録記載の土地、建物に抵当権を設定し、その後更に昭和六年一月七日金五百円を借り受け、右二口の債務を担保する趣旨で売買名義により控訴人に対し別紙第一乃至第三目録記載の土地、建物の所有権を同時に譲渡し、十年内に買い戻し得る契約をなし、前記の抵当権設定登記及び所有権移転登記を経由したものであるが、被控訴人において右の金員借受、抵当権設定、所有権の譲渡につき母のしに代理を委任したことなく、右は全く被控訴人の関知せぬものであることが認められる。原審証人阿部長松、伊藤まつい、当審証人伊藤殖蔵、丹野惣七郎、鈴木{胞衣}吉原審及び当審証人太田誠、原審及び当審における控訴人本人(当審は第一、二回)の供述中右認定に反する部分は採用し難くその他控訴人の提出援用の全証拠をもつてしても右認定を覆すに足りない。

控訴人は、被控訴人の母のしにおいて被控訴人を代理する権限がなかつたとしても、当時同人は一切の家事を主宰し、被控訴人からその財産につき被控訴人を代理して法律行為をする権限を附与されていた旨主張するけれども、前記採用しない証拠のほかにこれを認めるに足る証拠はないから、控訴人の表見代理の主張も採用しない。

そうすると別紙第一乃至第三目録記載の建物は被控訴人の所有に属し、前記各登記は登記原因を欠き無効であるから、控訴人が所有権を有することを前提とし被控訴人に対し別紙第一目録記載の建物の明渡を求める本訴請求は理由がないが、控訴人に対し別紙第一乃至第三目録記載の建物につき存する前記抵当権設定登記及び所有権移転登記の抹消登記手続を求める被控訴人の反訴請求はすべて正当として認容すべきである。別紙第一目録記載の建物につき以上と同趣旨の原判決は相当で本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条により主文のとおり判決する。

(裁判官 村木達夫 石井義彦 上野正秋)

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